曹萌も劉虞も家畜の取り違えを許したのはいい人のテンプレ描写?

正史三国志の第一巻は曹操そうそうのことを記したていから始まっています。
武帝紀の本文が始まってすぐのところに付いている注釈の二つ目に、曹操の曾祖父(※)の逸話があります。
曹操のひいおじいさんはいい人でした、と言いたげなお話なのですが、他の場所で他の人にも似たような逸話があるんですよね。
これは一体なんなのかと……
(※)曹操の父親は曹氏に養子に入ったので、この曾祖父と曹操は血はつながっていません。

曹操の曾祖父・曹萌(そうぼう)のいい人エピソード

まずはその話をご紹介しましょう。

【原文】
騰父節,字元偉,素以仁厚稱。鄰人有亡豕者,與節豕相類,詣門認之,節不與爭;後所亡豕自還其家,豕主人大慚,送所認豕,幷辭謝節,節笑而受之。
(引用元:中華書局『三国志武帝紀の注釈に引用されている『続漢書』)
【訳】
曹騰そうとうの父の曹節そうせつ(曹萌そうぼう)はあざなげんという。ふだんから仁の厚い人だと称されていた。
隣人で豚をなくした者があり、曹節の豚と似ていたため、曹節を訪問してこれは自分の豚だと主張した。曹節は反論しなかった。
後に逃げた豚が自分で家に帰ってきた。
豚の持ち主は大いに恥じ、曹節の豚を送り届けて曹節に謝った。
曹節は笑ってこれを受け取った。

曹萌(曹節)は隣人から豚ドロボウの濡れ衣を着せられても言い争わずに自分の豚を差出したんですね。
人との争いごとを避けようとする思慮深さがうかがえます。
(濡れ衣着せられっぱなしで豚まで取られて平気だなんてちょっと異常な気もします……)
後に、豚の持ち主が勘違いに気付いて豚を返して謝りに来ると、責めもなじりもせず笑って受け取るだけという、なんともいい人っぽいエピソードです。

漢王朝の血をひくプリンス・劉虞(りゅうぐ)のいい人エピソード

さて、家畜の取り違えを許すといういい人エピソードですが、東海とうかい恭王きょうおうの末裔で、彼を皇帝に擁立しようという声があがるほどの人気者(?)劉虞りゅうぐにも、同じような話が伝わっています。

【原文】
嘗有失牛者,骨體毛色,與虞牛相似,因以爲是,虞便推與之;後主自得本牛,乃還謝罪。
(引用元:中華書局『三国志公孫瓚伝の注釈に引用されている『呉書』)
【訳】
かつて牛を失ったものがあり、劉虞の牛の体つきや毛の色が無くした牛と似ていたため、それに違いないと思った。劉虞はその牛を彼に与えた。
後に牛をなくした者は自分でもとの牛を見つけ出したため、劉虞に牛を返して謝罪した。

あなたのところの牛は私のじゃないですか、と言われて、そう思うならあなたにこの牛あげますよ、と言ったんですね。曹萌の話とよく似ています(※)
後になって勘違いだったと分かり家畜を返却して謝罪するというオチはおんなじですね(※※)
(※)曹萌は反論しなかっただけですが、劉虞はわざわざくれてやっているので、劉虞のほうが大人物っぽいですね。おそらく牛をなくした者はプリンスの面子をつぶす形で牛の所有権を主張することができなかっただけでしょう。対等な立場っぽい曹萌のケースとは若干事情が異なります。また、劉虞はあんたの勘違いじゃないかと思うがあんたの牛だと思うならあげよう、くらいは言ったかもしれませんが、曹萌は反論しなかったとあり、ちょっと気味が悪いですね。
(※※)曹萌は「笑って受け取った」と書いてあり、これもちょっと不気味ですね(?)

まとめ

曹萌にも劉虞にも、そっくりないい人エピソードがあることが分かりました。
曹萌の話も劉虞の話も、ここに抜き出した文章の後に続く文章を見たところ、彼らを良く書こうとする文章でした。
これはどうも、その人物の素晴らしさを表現したい時に使うテンプレート的な描写なのではないか? と、私は疑ってみましたよ!

史書を読んでいると、こんな話どっかでも見たことあるな、というパターンはけっこう見るんですよね。
この解釈が正しいかどうかは分かりませんが、いろいろ見てこの手の嗅覚を鍛えられれば歴史書を見るのがもっと面白くなるかもしれないと思いました。
読者様も何か面白い発見がありましたら、ぜひ教えて下さい!